作業環境の変化

皆さま、お久しぶりです。

代表の石戸です。


ブログって苦手なんですよね。

話題を探すのも大変で、ブロガーの方々には頭が上がりません。


COVID-19(コロナウィルス)の影響で、大きな変化があった数年ですが、手足を使って演奏する仕事が減り、代わりに歌い手様のMixingやRemix/Remastering等の依頼、楽曲提供の依頼をいただく機会が増えました。


上記に伴う環境の変化を受け入れつつも、楽な状況ではない中、私共にご依頼いただくことは、本当にありがたい事です。


そんな中、私共の作業環境も変化が沢山出てきました。

今日は私個人の過去の作業環境も踏まえて、少し昔話~今のお話までをゆっくりと書いていきます。

まず、一番最初にDTMというものを始めた私の実家の作業部屋をお見せします。


学習机とDTMのアンマッチ感に味がありますね(笑)

見どころはやっぱり右上のヒマラヤ岩塩のLEDライトでしょうか…笑


6畳ほどの部屋の一角に築いた自分の要塞…

当時はまだ人からの依頼ではなく自分のバンドやボーカロイドの楽曲を、理論も薄い状態でひたすら打ち込んでいましたね。

それでも、アルバイトが終わって帰宅して、毎日ここに帰ってきては曲を作り、音楽仲間に送ってワイワイ話して…という日々は、素晴らしいものだった記憶があります。


当たり前ですが、世間に発信する方法をほとんど知らなかった私は、その状態で何故か

「作る=いつか人の目に留まる。」という謎理論を持ちながら作るだけ作って、宣伝もせずライブを行うという様な日々を送っておりました。

そこから数年して、バンドも少し軌道に乗り、ツアーや連日のライブで実家に帰れない日々が続き、作業の場所と時間が確保出来ずにいた時期がありました。


そこで、ノートPCとラックケースでどこでも作業が出来る方がいいと考え、都心の最低限の設備が整った安価なマンションを借りて、そこを拠点にして機材をシンプル化しようという結論に至りました。


学習机を卒業しました!

極力最低限の機材は持ち運び、しっかり作業する時は自宅で行う。というコンセプトのもとに環境を構築しました。

それに伴い、実家の時代に持っていた様々な「お荷物」は処分しました。


この時はバンドが忙しく特にお話する事もないのですが、正直左側の折り畳みスツールでバンドメンバーが録音していた時の、お尻が痛すぎると言っていた記憶しかないです(笑)


この頃あたりから、バンドに関連しない私個人宛の依頼も頂けるようになり、本格的にそういった依頼を受けて形にしていきたいと思い始めました。

その後、バンドもある程度落ち着いてきたときに、いったん一線から離れて曲を作ったり、MixingやMasteringなど、他のアーティスト様へのお手伝いをやっていきたいと思い始めました。


そんな中、私が活動していた界隈でちょっとした揉め事もあり、私自身も一線で活動を遮二無二と行う事に疑問を覚えたので、退くという決断を取りました。


もちろんそう都合よく事が運ぶはずもなく、活動の先導から退いたことで、今までご依頼いただいていた方からの依頼がストップ/キャンセルとなりました。

当然収入も激減し、上記の環境を維持することが困難となりました。

(今思えば本当にお恥ずかしい限りです。)


その為、少し東京を離れて地方に移り、古いアパートの一室に無理やり元の機材を詰めて過ごしていました。


衣装ケース上での作業は流石に…

この状況で無理やり作業を連日行っておりました。

値段も下げ、ほぼタダ同然で様々な依頼を行う日々でしたが、その経験は今の私に確実に活かされています。


しかし、机もロクにないまま朝まで作業をする日々で各種神経痛などを患いました…。

20代の初めとはいえ、学習机で瞳を輝かせていた10代と比べれば、私もそんなに若くなかったのでしょうね…(笑)


それでも連日頂く依頼をこなす日々は精神的には思い詰める暇もなかったので、ある種精神的には安定していました。

ある日、神経痛との親交を深める日々に転機となる依頼が訪れます。


「アルバムの楽曲制作からプロデュースまで全てお任せしたい。」


しっかりとした大型案件かつ流通を含めたリリースのプロデュースまでを行うという経験に胸を躍らせて、私は2つ返事でOKとお伝えしました。


ただ、そうなったときに今の環境では体がもたない。

また、音の確認も正直あまりしっかりと出来ない環境で、きちんとした作業は出来ないのではないか。


また、地元の町にある防音